17日~19日、日高東北応援隊のメンバーと福島、宮城へ行ってきました。
今回の旅は、赤ちゃんのいる若いメンバーが企画してくれました。感謝。
17日は福島県塙町の四季彩菜工房さんhttp://shikisaisai.jp/に泊まらせていただきました。
ご主人によると、宿泊客は例年の一割程度(!!)。
契約販売しているお米も今年は売れ残っていて、
もうすぐできる新米を入れるスペースが空かないとのこと。
原発事故による風評被害は想像以上でした。
四季彩菜工房さんでは
自家製の野菜やお米で豊かな食事を満喫しました。
お昼は石焼き釜でピザを焼いて食べました。
夕食も野菜づくしに自家製どぶろく。
朝食は自分たちで採ったトマトやオクラが並び、ご主人曰く
「納豆以外は全部自家製」とか。
これは「桃のピザ」
とろりと甘い、
感激の味でした!
2日目は宮城県に移動し、東北応援隊の活動の中で知り合った
東北村 http://www.tohokumura.com/about/ の事務局の方たちや
よっちゃ農場 http://www.tohokumura.com/story/vol_01.html のご夫婦に
案内していただいて、菊農家さんのお話を聞きました。
津波で家は流され、今は仮設住宅から畑に通いながら菊を栽培しているとのこと。
昨年のご苦労や、今も先々が見えない中で栽培をしている不安を口にされていました。
畑にいるときは元気でも、仮設に帰ると体が重くなり、
掃き出し窓もない圧迫感のある部屋では
息苦しくなるそうです。
昼食におにぎりと煮物、漬け物などを用意してくださり、
帰りには菊をたくさんいただきました。
その後、車からおりて南三陸の海沿いを見ましたが、
昨年の今頃と変わっていませんでした。
様々な復興プロジェクトがあるけれど、石巻や気仙沼などの大きいところに集中しがちで、
小さい町はなかなか変わっていかないそうです。
そこから震災当時、被災者を多く受け入れた鳴子温泉に移動し、
海の手山の手ネットワーク http://www.tohokumura.com/story/vol_02.html
の方たちとも合流して夕食、交流会。
みなさんほんとうに懸命に働き、つながろうとしている。
でも迷いやもどかしさを抱えながらもがいている感じがしました。
私たちが埼玉で、日高で、そして現地でできることをもっと考えなければ・・・
と思わずにはいられませんでした。
最終日はよっちゃん農場を見せていただきました。
ご主人も奥様もすごくおおらかで明るい方。
それでも「迷い」や「この先どうなるのか」という不安を口にします。
知る人ぞ知る
「よっちゃんなんばん」
はこの唐辛子畑から作られます。
いろいろなことを考えさせられた今回の東北旅行でした。
でも、そうは言いながらも、しっかりおいしい食べ物や露天風呂なども楽しみました。
東北の濃い緑の山や、広大な稲穂のじゅうたんを見ていると、
自分の体まで緑に染まりそうでした。
日高も緑豊かだけれど、福島・宮城とのスケールの違いや
日本の食料庫という重層感を感じました。
そして、辛抱強く、優しく、温かい人たち。
ここがダメになったら日本中がダメになる、そんな思いがしました。